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クリスタル広場 History

名古屋の待ち合わせ場所として、憩いの場として、幅広い年代に親しまれる「クリスタル広場」。
サカエチカの中核的な施設として、いつの時代にもにぎわいの中心にありました。
サカエチカの歴史とあわせて、クリスタル広場にまつわるヒストリーをご紹介します。

「サカエチカ」誕生までの秘話

昭和30年~

人と車を面的に分離する地下通路

昭和30年代半ば以降、大都市において車の激増による交通渋滞、事故の増加などが新しい都市問題として発生してきた。
名古屋の栄地区も例外ではなく、人と車を面的に分離して安全を図る「地下通路」案が台頭。昭和36年には栄の「地下街構想」がまとめられるが進展は見られず難航。昭和42年に入ってようやく市当局と建設省の協議が整い、地下街の建設が認められることとなり、昭和42年5月2日、「栄地下センター株式会社」が誕生した。

昭和40年~

終電から始発までの分刻みの工事

昭和43年2月、地下街の工事がスタート。道路交通はもちろん、当時、運行されていた路面電車の運行に支障をきたすことなく工事を進める必要があった。そのため、掘削部分を鋼鈑で覆い、その下で工事を進める覆工工法を採用した。
路面電車の終電車通過後、直ちに軌道を撤去して掘削作業を行い、始発電車が通るまでに復旧するという分刻みの作業が進められた。工事期間中はダンプカー延べ2万台、コンクリートミキサー車延べ4,000台が深夜から早朝にかけて栄交差点を行き交うことになった。

世界一の規模を誇る「シャトークリスタル」

内装の基本色は黒と白。通路の柱と壁は天然大理石貼りとして、本物の気品を出した。天井には地上からの騒音を減らし、反響を少なくするシステム天井を地下街で初めて採用。名古屋市の中心にふさわしく格調高い、ゆとりあるショッピングタウンを目指した。

地下街の核となる1,300m2の中央広場にはクリスタルグラスのオブジェをモニュメントとして設けることになった。クリスタルグラス工芸家の各務満氏に制作を依頼。高さ1.8m、4基の塔が2,800個のクリスタルグラスブロックで構築され、5トンの重さとなった。世界一といわれる規模を誇るクリスタルグラスオブジェ「シャトークリスタル」が完成した。

昭和44年~

昭和44年11月11日11時「サカエチカ」開業

昭和44年10月、地下街の愛称を「サカエチカ」に決定。神戸地下街の「さんちか」をヒントにし、簡明で、的確に施設を表現し、親しみを覚えることをねらったものであった。
開業準備を整え、縁起のよい並び数字の昭和44年11月11日11時に「サカエチカ」開業。身動きもできないほどの人で埋まり、入場者を制限する店も出るほどだった。開業のようすはテレビやラジオがサカエチカから実況放送で伝え、地上ではパレードで地下街の完成を祝った。

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